NHK-FM クラシックの迷宮20(片山杜秀)

- クライバーンとロシア -
2013年6月1日

「ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30から 第3楽章」ラフマニノフ作曲、コンクールライブ録音
(ピアノ)ヴァン・クライバーン
(管弦楽)モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
(指揮)キリル・コンドラシン

「ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467から 第2楽章」モーツァルト作曲
(ピアノ)ロジーナ・レヴィーン
(管弦楽)ジュリアード管弦楽団
(指揮)ジャン・モレル

「ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11」 ショパン作曲
(ピアノ)ロジーナ・レヴィーン
(管弦楽)アラムナイ・オブ・ナショナル・オーケストラル・アソシエーションのメンバー
(指揮)ジョン・バーネット

「練習曲集“音の絵”作品39から 第5番 変ホ短調」ラフマニノフ作曲
(ピアノ)ヴァン・クライバーン

「ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23から 第3楽章」チャイコフスキー作曲
(ピアノ)ヴァン・クライバーン
(管弦楽)RCAビクター交響楽団
(指揮)キリル・コンドラシン

「組曲“道化師”から“ギャロップ”」 カバレフスキ-作曲
(管弦楽)RCAビクター交響楽団
(指揮)キリル・コンドラシン

(春之介のコメント)
1958年の第一回チャイコフスキーコンクール優勝。

米ソ対立時代にあった時代状況にあって、高い文化芸術紹介にも力を入れていたソビエト。

凱旋という言葉は、あまり使われるものではないがヴァン・クライバーン(Van Cliburn)の場合は米国は歓喜したろう。

この当時はコンクールも今ほど多くはないだろうから、名声は計り知れないものが与えられたろう。

特にチャイコフスキーコンクールは、今でも最難関に違いなく日本人も少なからず栄誉を受けている。

以下に録画も残っていて、モスクワ・フィル楽員が見られるのは嬉しいね。

米国南部で育った彼が、ロシア的な演奏を行えた背景には彼に音楽を教えた母親があり、その母親を教えたのがロシアのアントン・ルビンシュティンという有名な方の弟子らしい。

ロジーナ・レヴィーン(Rosina Lhévinne)という名前は初めて聞いたのだが、モスクワ音楽院卒で米国に亡命したロシア人で長じたクライバーンにジュリアード音楽院でピアノを教えた。

つまりクライバーンは偶然に優勝したということでなく、そうなるべく教育を受けて研鑽を積んでいたということだ。

Van Cliburn-Complete Album Collection [RCA] という29枚のCDが発売されたようで、これは彼が亡くなる一月前に発売されたようだ。

関係ないがソビエト崩壊後のロシアの音楽教育事情はどうなっているのだろうか、かっては厳しいプロを養成していたと思うのだが・・・

日本人も海外コンクール上位入賞で名前を聞く機会が大いに増えたが、その後の活躍が伝えられないのがさびしいところ。



Van CLIBURN plays RACHMANINOV 3d Concerto VIDEO Moscow 1958 (5-5)


Trailer: The Legacy of Rosina Lhevinne
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by negitoromirumiru | 2013-05-31 06:56 | 音楽 | Comments(0)


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