NHK緊急地震速報チャイム音とは!? 福祉工学の応用・伊福部達 ゴジラ作曲家との関係性

チャラン!チャラン! なぜあの音になったのか『ゴジラ音楽と緊急地震速報』
2012年3月12日 エキレビ!(エキサイトレビュー)

東日本大震災以来、各地で余震が続いていることもあり、テレビやラジオで緊急地震速報のチャイム音を聴くことが増えた(NHKのサイトで聴くことができる)。緊急地震速報とはそもそも、地震の初期微動をとらえ、強い揺れ(主要動)が来る前に警戒をうながすためのもので、2006年8月より限定的に提供が開始された。翌年10月からは一般への提供も始まり、例のチャイム音はこのときから使われている。

緊急地震速報のチャイム音については、先の震災直後、映画「ゴジラ」のテーマ曲をもとにつくられたものだという噂がネット上を中心に流れたことがある。とあるホームページでそのように紹介されたのがきっかけらしい。結論からいえば、この噂は事実と異なるのだが、それでもまったくの事実無根というわけではない。

筒井信介『ゴジラ音楽と緊急地震速報 あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ』は、タイトルが示すように「ゴジラ」の映画音楽と緊急地震速報の浅からぬ関係を明かすとともに、福祉工学という世間的にはまだ耳慣れない学問分野について、伊福部達(いふくべ・とおる)という研究者の足跡をたどりながら紹介したノンフィクションである。

ここで伊福部という苗字にピンと来た人もいるかもしれない。そう、「ゴジラ」の音楽を手がけたのは伊福部昭という作曲家だった。じつは、緊急地震速報のチャイム音を制作した伊福部達は、伊福部昭の甥(兄の息子)にあたる。伊福部達は、NHKからの依頼で緊急地震速報のチャイム音をつくるにあたり、そこに叔父の作品を素材にしようと思い立った。だが、そこで彼が採用したのはよく知られた「ゴジラ」のテーマではなく、交響曲「シンフォニア・タプカーラ」であった。くだんのチャイム音は、同曲の第3楽章「Vivace」の冒頭にあたる和音の部分をアレンジしてつくられている。


伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ 第3楽章:Vivace

伊福部が数ある叔父の作品から「シンフォニア・タプカーラ」の当該箇所を選んだのは、それがチャイム音に必要な“適度な緊張感”と“インパクト”を持っているからだった。だが選曲の理由はそればかりではない。そこには、叔父の音楽、とりわけ一般的にはあまり知られていない純音楽の作品を後世に残したいとの思いもあったという。

もっとも非常時に鳴る音に自分の思いを込めることには、公共物を私物化するようなためらいも伊福部のなかではあったようだ。だが制作期間もほとんどなかったため、NHKにはその心情を伝えて理解してもらったという。

そもそも彼はこの仕事の依頼を、人の生死を左右することにもなりかねず荷が重いこと、また自分は作曲の専門家ではないからと一旦は断っている。

しかし、緊急地震速報チャイムが、福祉工学を専門とする伊福部に依頼されたのにはそれなりに理由があった。NHKでの最初の会議で、伊福部が緊急地震速報チャイムに求められる条件として提示した次の5つの項目からもその一端がうかがえる。

 (1)注意を喚起させる音であること
 (2)すぐに行動したくなるような音であること
 (3)既存のいかなる警報音やチャイム音とも異なること
 (4)極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと
 (5)できるだけ多くの聴覚障害者に聴こえること

項目のうち(5)は福祉工学が解決すべき課題そのものだ。伊福部はそれまで、音声情報を指先に伝える「触知ボコーダ」や、音の情報を脳に伝達する「人工内耳」など、聴覚障害者のための装置を手がけてきた。この条件は、そうした体験を持つ彼ならではの配慮といえる(その後、チャイム制作の最終段階として、複数の候補のなかから最終的にどれを採用するか絞りこむために行なわれた比較実験でも難聴者を含む被験者が集められている)。

ほかの項目も、人間の心理への影響を考慮するという点で一致している。このうち(1)の条件を満たすだけなら、音響や心理学の専門家でも、人の注意を惹くブザーのような音響をつくることは可能だ。だが(2)に示された、次にどういう行動をとるべきかなどといったメッセージを込めるにはブザーではなくメロディーでなければならない。そのメロディーも、あまり安定的で美しい曲では緊急地震速報としてふさわしくないのは当然ながら、かといってあまり怖いメロディーでは恐怖心のあまり身体がすくんでしまう可能性がある。こうした人間心理を理論的に踏まえたうえでチャイム音をつくるということは、作曲家には難しい。

福祉工学とは一口にいえば、視覚・聴覚・触覚などの感覚と人間の心理や行動の関連性を研究する分野だ。緊急地震速報チャイムの基本コンセプトである《緊急事態であることを察知して、速やかに避難行動をとれるようなメロディー》を実現するためにも、この分野の第一人者である伊福部に白羽の矢が立ったのはやはり必然だったのである。

ちなみに上記のコンセプトには、伊福部の叔父・昭が映画音楽の機能として掲げた原則が応用されている。原則について詳細は本書に譲るが、ようするに伊福部は地震の起きる状況を映画としてとらえ、チャイム音に映画音楽のようなメッセージ性を持たせれば、速やかに避難行動に移れるのではないかと考えたのである。

伊福部昭の発案した映画音楽における原則はもちろん「ゴジラ」の音楽でも生かされている。その意味では、「ゴジラ」の音楽と緊急地震速報チャイムはまったくの無関係ではなかったのだ。

本書には伊福部達の携わった仕事として、緊急地震速報チャイムのほかにも先述したような福祉工学における様々な装置の開発、あるいは、ポーランドの人類学者、ブロニスワフ・ピウツスキが約1世紀前に樺太(サハリン)でアイヌたちの歌を録音した蝋管(レコード盤の登場以前に使われていた円筒型の録音メディア)の再生プロジェクトについてもくわしくとりあげられている。後者に関してはテレビのドキュメンタリー番組でとりあげられ、そのときのスタッフがのちに緊急地震速報チャイムを依頼したという経緯がある。

さらに最後の章(第6章)では福祉工学の最近の成果が紹介されており、これを読むと近年の障害者向けの技術の発達に驚かされる。そういえば先日、NHKの「クローズアップ現代」のボーカロイド特集で、声を出すのが困難な人たちのため音声合成技術を応用したケースが紹介されていたが、伊福部もまた九官鳥や腹話術師の発声方法を参考にするなどして人工声帯を開発している。

福祉工学は多くの希望を与える一方で、その技術を製品化して普及させるには市場規模の小ささゆえに高いハードルが存在する。伊福部も、商品化には相応の覚悟と準備が必要だと繰り返し口にしている。それでも、人は年をとれば誰でも多少の違いはあれ聴力や視力など身体の様々な能力が衰える。福祉工学では、そんな高齢化の問題への取り組みも始まっているという。思えば日本はいま、超高齢化社会ともいわれるまだ世界中のどこの国も経験したことのない時代を迎えようとしている。そのなかにあって、福祉工学が果たす役割は思いのほか大きいのではないだろうか。(近藤正高)


★『ゴジラ音楽と緊急地震速報 あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ』
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 伊福部達監修、筒井信介著/ヤマハミュージックメディア

 著者の筒井は長年、音楽に関する著作の執筆のほか、伊福部昭の『完本 管弦楽法』など書籍の編集も数多く手がけている。本書は、昭の甥・伊福部達の足跡をたどりながら、緊急地震速報チャイムが誕生するまでの経緯のほか、伊福部の専門である福祉工学についてもわかりやすく、コンパクトにまとめられている。

(春之介のコメント)
作曲家・伊福部昭との関連は上記のとおり。

伊福部昭の音楽は、日本人には躍動する気持ちを起こさせる不思議な音楽。

そのリズム感は思わず身体を揺さぶりたくなるほどだ。

怪獣映画と思うなかれ、劇中音楽は立派なジャンルであり、有名作曲家だって映画音楽等を書いている。

個人的には、緊急地震警報は聞きたくないけどね。


<以下引用>
◆緊急地震速報…チャイムに苦心の音色 「ゴジラ」の検討も 
 2011.5.1 産経ニュース

 チャランチャラン…。3月11日以降、テレビから頻繁に流れる緊急地震速報の警報音。このチャイムは、NHKの依頼で伊福部達(とおる)・東京大名誉教授(高齢社会総合研究機構)が開発したものだ。「どんな状況でも、誰の耳にも聞こえるように」と、福祉工学の立場から考え抜かれたノウハウが詰まっている。

 伊福部さんは、聴覚障害者や高齢者にも聞きやすい音の研究で知られる。NHKでは平成19年10月の緊急地震速報導入を前に、伊福部さんにチャイムの制作を依頼した。

 「緊急性を感じさせつつ、不安感・不快感を与えない。騒音の下でもお年寄りや難聴者にも聞き取りやすい。さらにどこかで聞いた音に似ていない-という条件を満たす必要があった」と伊福部さん。

 メッセージ性を持たせるため、既存の音楽の一部を使いたかったという伊福部さんは、耳慣れていて著作権処理も簡便な叔父・伊福部昭(あきら)(音楽家)の作品を調べ、その代表作「ゴジラ」の使用も検討した。しかし、「有名すぎてチャイムには向かなかった」。

 選んだのは「シンフォニア・タプカーラ」というアイヌの踊り歌を題材にした楽曲の第3楽章。人間が一番聞き取りやすい音域の5つの音を抜き出し、曲調やスピードを変え、さまざまに試行錯誤した約30曲を制作。NHKの担当者と「ちょっとメロディーが出過ぎ」「これは怖すぎます」などと議論を重ね、5曲に絞り込んだ。

 さらに老人、子供など30人を集めて騒音下で行った聞き取りテストなどを経て、最終的に残ったのが現在のチャイムだ。

 3月11日以降、気象庁が出した緊急地震速報は、4月24日までに70回。NHKには「家のチャイムの音と似ている。紛らわしい」などという声も寄せられているという。伊福部さんは「こうしょっちゅう流れると、あの音が地震を連れてきているみたいで心苦しい。鳴らない日が続いてほしい」と話した。

◆ゴジラに関係?NHK緊急地震速報チャイム音の秘密
 2011.4.20 産経ニュース

 忘れたころに…♪チャランチャランとNHKの緊急地震速報を告げるチャイム音が流れると、ドキリとする。あの音には、ちょっとしたヒミツがあるのをご存じだろうか。(夕刊フジ)

 「出だしは軽快なチャイムのようだが、“語尾”は危険が迫っているような不協和音に転じる。小さい音声でも高い音が耳に残る。プロが聞いてもなかなか計算された音だと思う」

 そう話すのは、バンド経験のあるレコード会社のJ-POP担当者。

 このチャイム音が放送で使われるようになったのは、2007年10月1日から。運用開始に先立って、東京大学先端科学技術研究センターの伊福部達教授(当時)の監修の下で、NHKとNHK放送技術研究所などが制作したという。

 制作上で決め手となったのは、「危険を知らせ、すぐに避難するよう促す音で▽既に存在する各種の警報音と似ていないこと▽耳の不自由な方にも聞き取れること」(NHK広報局)という条件をクリアできるか。いくつかのサンプル音を作成し、さまざまな年齢・性別の人たちに聞いてもらった結果、現在の音に絞り込まれたという。

 ところで、ゴジラ世代なら伊福部さんという名前にピンと来たのでは? そう、開発に携わった伊福部教授は、あの作曲家、伊福部昭氏の甥にあたる。昭氏は、映画ゴジラシリーズをはじめ、民族主義的な力強さにあふれた数々の管弦楽曲で知られる。

 「チャイム音が、『ゴジラ』の影響を受けている、というネットの書き込みがありましたが、正確には、伊福部昭の交響曲『シンフォニア・タプカーラ』の一節を参考にしたそうです」(音響工学の専門家)

 怪獣映画「ゴジラ」は、1954年のビキニ島の核実験によって起きた第五福竜丸事件をきっかけに製作。ゴジラは核に対する“人間の恐怖の象徴”として生まれた。東日本大震災と福島第1原発事故の関係を思うと、不思議な因縁を感じずにはいられない。
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by negitoromirumiru | 2012-03-13 10:13 | 音楽 | Comments(0)


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