大平光代(弁護士)

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大平光代(弁護士)略歴
1965年 兵庫県西宮市生まれ。
  中学時代に激しいいじめを受け、割腹自殺を図る。
  その後、非行に走り、暴力団組長の妻になるが、6年後に離婚。
  大阪北新地のホステスをしている時に再会した父の友人であり後に養父となる大平浩三郎の強い勧めで更生を誓う。
1994年 司法試験に一度で合格。
  弁護士として、非行少年の更生に尽力する。
2003年 大阪市助役に就任。市政改革に奔走。
2005年 大阪市助役退任。
2006年 結婚。出産。
  中央仏教学院に入学し、浄土真宗の教えを学ぶ。
2009年 龍谷大学客員教授に就任。

(著書)「だからあなたも生き抜いて」「ひかりのなかで」「今日を生きる」など多数

<以下引用>
背中の入れ墨、娘が大きくなったら話そう…大平光代著「陽だまりの時間」
2010年9月28日 スポーツ報知

 自伝「だから、あなたも生き抜いて」(00年)が累計260万部のベストセラーになった弁護士・大平光代さん(44)が新刊「陽だまりの時間」(中央公論新社、1365円)を出版した。自殺未遂、暴力団組長の妻から弁護士へ。波乱万丈の人生から離れて山あいの地でひっそりと暮らす大平さんは、背中に残された入れ墨について語った。(北野 新太)

 4歳になった長女・悠ちゃんと毎日一緒に風呂に入る。一人娘は時々、大平さんの背中を見て笑いかけてくる。「ママ~、ヘビ~」。暴力団組長の妻だった16歳の時に彫った入れ墨だ。大平さんは「悠ちゃん、蛇と観音様でしょ。弁天様やないよ。観音様よ」と返事をしながら思う。「まだ観音様は分からへんか」。どれだけ穏やかな日々の中にいても、過去を忘れることはない。

 波乱万丈の人生を描いた「だから、あなたも生き抜いて」から10年後の本書は、兵庫県の山あいの地で暮らす家族3人の日々を描いたエッセー集だ。ダウン症を背負って生まれた長女や夫との日常、豊かな四季、習い事、食卓のレシピ…。激動の過去からはほど遠い、ポカポカとした「陽だまりの時間」に満たされている。

 「(地方に住んで)青虫がかわいく思えるようになりました。アゲハチョウの幼虫なんてモコモコっとしてて、葉っぱの上をひたむきに進んでて。目がかわいいんです」。それこそ、背中に描かれた動物の「本物」にも出会ったりするとか。「庭の木の剪定(せんてい)をすると、よく蛇が目の前にいるので『やあ、こんにちは』と」

 今月4日に4歳の誕生日を迎えた悠ちゃんは、早くも反抗期に突入した。「保育園から帰って来るときに『誕生日おめでとう』って待ち構えてたんですけど、ビデオ持ってたから怒っちゃって。写真とかビデオが嫌いで。撮る時、わざと鼻に指を突っ込んだり。『誰に似たん!?』と言いますけど」。だが、多くの疾患を抱えて生まれた体だ。元気なだけで喜びになる。いたずら好きのため、物がなくなれば我が子を疑うが、夫が時々「それ、ボク」と。「弁護士なのに、えん罪事件はあきまへんね」

 少女時代の夢は「良妻賢母」だった。紆余(うよ)曲折の果てに願いを実現させたが、大きな後悔から逃れることはない。「できることなら、親を死ぬほど苦しめたり、人を傷つけたりすることのない人生をやり直したい」。背中にある過去の象徴について娘が理解できる年齢になったら、逃げずにすべてを伝えよう―。大平さんは心に決めている。

 ◆大平 光代(おおひら・みつよ)
  1965年10月18日、兵庫県生まれ。44歳。中学2年の時、いじめを苦に割腹自殺を図る。そして暴走族、暴力団組長の妻、ホステスに。88年、後に養父となる大平浩三郎氏との出会いで猛勉強を開始。宅建、司法書士の資格を取得、29歳で司法試験に一発合格。03年に大阪市助役に就任(05年辞任)。06年、弁護士の川下清氏と結婚し、長女を出産。

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(春之介のコメント)
かなり以前に彼女の一時間の講演会を拝聴した。

自殺未遂の後遺症や入れ墨のため皮膚呼吸が困難で長時間の講演は難しく、質疑応答なくきっちりと時間通りに終了した。

サクセスストーリーと考えるのか、それとも逆転の発想と考えるのか。

彼女は著作の中でも繰り返し義父の存在が決定的であったことを伝えている。

つまり誰か一人でも、自分自身を肯定し認めてくれる存在が必要なのだろう。

日本中には、非行に走ったり閉じこもったりする青少年が多くいる。

彼ら彼女らを説教したり非難したりする大人は多いだろうが、寄り添ってくれる大人がいないことが問題なのだろう。

一身に悩み自殺を考えるほどの性格は、つまりは一身に勉強して司法書士→弁護士に合格できる素地となった。

そうした人間の可能性を現実化していくことは、同様の状態にある青少年らにも伝えたいことだ。

自分をおとしめる方向にも成長できるし、自分自身の心身をいたわり夢を実現していくことも潜在的にできるということ。

何か一つのことをトコトンやってみよう、そんな気持ちにさせる。


<以下関連引用>
ダウン症児の出生、過去15年で倍増 全国調査から推計
2014年4月19日 朝日新聞

ダウン症で生まれる赤ちゃんの数が過去15年間で約2倍に増えているとする推計が、日本産婦人科医会の全国調査の分析をもとにまとまった。高齢妊娠の増加に伴い、ダウン症の子を妊娠する人が増えていることが背景にあるという。同医会が全国約330病院を対象に毎年実施している調査結果を、横浜市立大学国際先天異常モニタリングセンターが分析した。

 ダウン症で生まれた赤ちゃんの報告数は1995年が1万人あたり6・3人で、2011年は13・6人と倍増していた。

 また、ダウン症を理由に中絶をしたとみられる数も推計。95~99年の中絶数を基準とすると、05~09年は1・9倍に増えていたという。妊娠を継続していれば生まれていたとされるダウン症の赤ちゃんの数の推計では、11年は1万人あたり21・8人だった。調査では実数を出していないが、11年の人口動態統計の出生数に当てはめると、ダウン症の赤ちゃんは約2300人生まれるはずだったが、実際に生まれたのは約1500人となる。差の約800人の一部が中絶されたとみられる。
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by negitoromirumiru | 2010-09-20 09:53 | 箪笥 | Comments(0)


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