病と生きる 元NHKアナウンサー 鈴木健二

病と生きる 元NHKアナウンサー 鈴木健二さん(81)
2010.2.26  産経新聞 【ゆうゆうLife】

“お迎えの死に神”に抵抗 激務続け忍び寄った病魔

 テレビ草創期から活躍し、博覧強記のアナウンサーとして名をはせた鈴木健二さんは、激務で極限まで体を酷使し、飲食で体を癒やす生活を続けて「死に神と何度も会いました」と真顔で言う。「『病と生きる』どころか“死と生きる”です」と、近年の病との闘いを含め名調子で語った。(文・草下健夫)

 平成18年8月18日。熊本で飛行機を待ち、本を読んでいると突然、右の肩から背中にスウッと冷たいモノが走りました。「雨漏りかな」と見上げた次の瞬間、私の体をガクガクと激震が襲いました。立ち上がろうとしても立てず、重いので頭がどーんと床についてしまいました。

 一緒にいた家内とタクシーになだれ込み、病院へ。ところが、「十分な治療ができない」と救急車で別の病院の集中治療室へ。

 医師や看護師の気配をかすかに感じながら、私は胸を押さえつけられ、火あぶりのような熱さに全身を震わせていました。「あ・つ・い…」

 すると、左目の端に、赤い火の色をした人の後ろ姿が現れました。彼は私をぐんぐんと引っ張り、私は懸命になって踏ん張りました。

 「ああ、よく『お迎えにくる』というけど、死に神とはコイツのことか」と思う間にも、背中がやけどするように熱かった。そのうちに…眠ってしまったのかな。赤いヤツは消えました。

 その後、今度は両足が異様に冷たくなりました。氷山が連なる水の中に、私のひざから下が漬かっていました。すると、またも左目の端に、赤い死に神と同じように後ろ姿の、しかし今度は青い人の姿が見えました。

 冷たい水にどんどん引きずり込まれ、それを私は必死にこらえるわけですよ。そんな状況でも、「前回の火あぶりよりもマシだな。私は中学で水泳部だったから」と考えるだけの意識はありました。

 赤と青の後ろ姿との遭遇体験を、人は「高熱による意識障害がもたらした」としか言わないかもしれません。しかし、高熱に冒されながらも、私は本当に「死に神」に会ったと信じています。

 診断結果はサルモネラ菌による敗血症でした。驚いたのは、病院を移った後の入院費の方が安かったこと。私は最初の病院に3時間ほどしかいなかったと思っていたのに、1週間もいたそうです。
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 テレビ放送開始と同時期にNHKに入局し、30代で週18本もの番組に携わり、日々多忙を極めました。徹夜の疲れが気になりだし、40代では午後2~4時ごろに顔が赤黒くなる日が続きました。それでも「仕事をこなせているから健康」と思いこみ、食べて飲んで、自分を激励しました。40代半ばでやたらのどが渇き、頻尿に。これが糖尿病の始まりでした。

 50歳の年に、がんの特番と歴史番組の計5本を1週間で制作することが決定。ところが、取材中に尿路結石や痛風になりました。揚げ句の果てに収録初日、NHKに着くやトイレに駆け込むと、黒紫色の尿が…。どうにか仕事をこなしたものの、左の腎臓を摘出する結果になりました。

 70代の終わりには、首の動脈瘤(りゅう)が分かり、いつ破裂して命を落とすか分からない恐怖の中、成功率の低い手術に踏み切りました。このときも、病院で「死に神」と遭遇しています。

 “メタボ体形”のせいもあり、さまざまな病魔と闘ってきました。「20歳を過ぎての病気は自分に原因がある」とも言いますが、つまり自分が死に神になっているのです。気付かないのは本人だけ。その証拠が私です。

特に男性は他人に負けまいとか、哀れみをかけられたくない気持ちから、具合の悪さを話さず、いつも通り仕事をさせられてしまい、大病につながります。

 健康は人間が自分に贈る、最高のプレゼントです。

【プロフィル】 鈴木健二
 すずき・けんじ 昭和4年、東京都生まれ。27年、NHK入局。新幹線開通、アポロ月面着陸の中継や「クイズ面白ゼミナール」「歴史への招待」など多くの番組で人気に。63年に退職後、熊本県立劇場館長などを務め地域芸能の復元に尽力。障害者参加の「こころコンサート」も開催した。近著に『死神の恐笑(きょうしょう)』(大和出版)など。

(春之介のコメント)
最近はあまり見かけなくなった。

病気があったんだ。


<以下参考>
NHKアーカイブス テレビ60年(2)「鈴木健二さんと語る懐かしの名番組」 (NHK、外部リンク)
 平成24年12月31日 午前8:50~10:00(70分) NHK総合

<以下追加引用>
鈴木健二さん復活「NHKは不思議です」
2013年7月8日 日刊スポーツ

 元NHKアナウンサーの鈴木健二氏(84)が復活する。20日放送のNHKBSプレミアム「クイズ面白ゼミナールR(リターンズ)」で、最高視聴率42・2%を誇った鈴木氏司会の人気番組の復刻版だ。

 8日夜、収録を終えた鈴木氏は50人余りの取材陣を見回して「ほこりも払わずに呼ばれました。情報番組があふれるこの時代になんでこの番組なのか、何で私なのか。NHKは不思議ですね」と皮肉たっぷりに切り出した。

 番組はテレビ放送60年を機に企画され、徳永圭一アナ(34)がアシストする。以前通りに大学のゼミをイメージしているが、今回、鈴木氏は名誉教授、徳永アナが教授という設定だ。
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 以前の放送では鈴木氏の抜群の記憶力と圧倒的な語りが売りものとなった。「あのときは50代の半ばの働き盛りです。今は生きることで精いっぱいです。口は回らないし、その代わり目が回る。目が遠くて、トイレが近い遠近法でもあります。テレビ放送の前からやっているシーラカンスです」という。が、ステッキは手放さないものの、足取りはしっかりしており、舌も滑らかだ。

 「徳永アナの進め方は座談会式、私は講演型でひとりでしゃべっていたようなもの。だから、NHKには手をつなぐ仲間がいなかった。退局後はそれを探していた」。25年の間は地方を巡り、障害者のコンサートや郷土芸能の振興に尽力して「ようやく手をつなぐ仲間が出来ました」。放送は8月17日にも。
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by negitoromirumiru | 2010-05-15 01:46 | 医療 | Comments(0)


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